Happening Happy Day

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  3.  


 *     *     *


 夕暮れの中庭を、ルルはどこまでも逃げていく。
「おいこら待て!」
 何度か呼び止めたが立ち止まる気配はない。
 他に生徒の姿が見えないのがせめてもの幸いだったが、これは端からいったいどのように見える光景なのだろう。
 だがいくらルルが全速力で頑張ろうと、ラギの足に敵うはずもないのである。
 程なくして追いついたラギは、ルルの片手をしっかりと掴まえた。
「……っ!」
 さすがに観念したのかそれとも単に走り疲れただけなのか、捕まったルルは素直に足を止める。
 乱れた呼吸を懸命に整え、やがて彼女は小さく呟いた。
「……ん、なさい」
 ルルが落ち着いたら自分から口火を切ろうと思っていたラギは、少々どころでなく面食らった。
 聞き間違いでなければ、いま聞こえたのは――謝罪だ。
「は? なに言ってんだおまえ――」
「ごめんなさい――バスケットぶつけちゃって。……痛かったよね……?」
「……あー、まーな」
 そういうことか。
 確かにあれはチビドラゴンの状態には痛恨の一撃だった。
 だがそんなことはラギの中で既にほとんど忘れ去られていた話である。
「あれは……そうする理由があったからだろ」
 空いている方の手でがりがりと頭を掻く。
「その――悪かったな」
 ルルの驚いたような瞳が瞬きを繰り返す。
 それをまともに見ていられなくて、ラギは首ごと派手に目を反らした。
「オレの生まれのことはおまえも知ってるだろ。そのせいでじっちゃにもばっちゃにも迷惑かけてばっかで、自分が生まれたこと嬉しいとかありがたいとか、正直あんま考えたことねーんだよ」
「そう……なの……?」
「ああ。そりゃ毎年じっちゃもばっちゃも祝ってくれてたから、そのこと自体は嬉しかったけどな。けど……やっぱなんか違ったんだ」
 うまく説明できないのがもどかしい。
 それでもルルは息を詰めてただひたすらに続く言葉を待ってくれている。
「ミルス・クレアに来てからは、それこそ誕生日なんて忘れてたくらいだ。だからおまえがそんなこと考えてくれてるなんて――思いも寄らなかった」
 祖父と祖母は家族だ。
 家族だから誕生日を祝ってもくれる。
 当たり前と言ってしまってはいけないが、肉親のつながりとはそういうものなのだろうと思う。
 だがルルは違うはずだ。
 家族でもない彼女には、ラギの誕生日を祝う義理などない。
 家族以外の誰かにそんな想いを抱いてもらえるなんて――考えたこともなかった。
「だって――そんなの当たり前よ」
 震える声がか細く響く。
「ラギは大切な人だもの。ラギのこと大好きだから、いつもそばにいてくれてありがとうって――この世に生まれてきてくれてありがとうって、そう思うのは当たり前のことなの」
 ルルの声はどこか怒っているようにも聞こえる。 
 思わず視線を戻すと、その顔は今にも泣き出しそうだった。
「本当はもっと大きなちゃんとしたケーキでお祝いしたかったけど、わたしケーキとか作ったことなくて。練習するにも時間が足りなくて、簡単に作れるカップケーキをアミィに教えてもらったの」
「……」
「だからちゃんとおめでとうって言いながら渡して、二人で一緒に食べたかったの。ただわたしのわがままなのかもしれないけど――そうやってお祝いしたかったの」
 ルルがあれほど怒った理由。 
 当然だ。
 彼女の抱いた想いすべてを踏みにじったようなものなのだから。
「……バーカ、そーいうのはわがままとは言わねーんだよ」 
 不思議そうに見上げてくるルルをやはりまともに見ていられなくて、けれど今度は視線を反らすこともしたくなくて。
 そのどちらも満たせる行動をラギは取った。
「……!」
 柔らかな髪が頬を微かにくすぐる。
 胸の近くで息を呑む音がしたけれど、聞こえないふりをする。
 抱き寄せた身体はあまりにも細く、どこか儚げだとさえ思う。
 ラギが愛おしいと想っているのと同じくらい、腕の中の少女もそう想ってくれているのだろうか。
「――ありがとな」  
 耳元で囁くとその身体が小さく揺れた。
 腕の中の頭がこくりと頷く。
 もう一度カップケーキを作って欲しいと言ったら、ルルは聞き入れてくれるだろうか。
 それ以前に、そんな恥ずかしいことを果たして言い出せるだろうか。
(つーか、それよりもまず……)
 少なくともこの場で変身だけはしてたまるかと、なけなしの理性を総動員しながらラギは強く思ったのだった。

 (2011.03.29 Saika Hio)


【あとがき】
 ラギお誕生日おめでとう!

 ということでお誕生日創作でございます。
 やたらと長い話になってしまってすみません。
 アルバロとビラールがラギをからかう台詞が最初に浮かんで、そこから広がったお話でした。
 ラギルルってやっぱり食べ物話ばっかり浮かぶなあ…(笑)。
 メインキャラを全員出したりするから長くなるって分かってるんですが、もともといろんなキャラを出すのが好きで、ワンドは特にいろんな遣り取りを楽しめるのでついついそうなってしまいます。
 少しでも楽しんで頂けましたら嬉しいです。

 ラギが自分の誕生日に対して思っていることというのは設定から勝手に想像(という名の捏造)してしまったんですが、どうなのでしょう…(どうと言われましても)。
 とにかくこうしてお祝いできて、私自身がいちばん嬉しいです。  
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