拍手ありがとうございました!

 二人で出かけるのはとても久しぶりのような気がする。
 馬の背に一緒に乗せてもらって、景色のいい場所へ出かける。
 そんな些細な外出も、好きな人となら格別の時間だ。
 けれどそんな楽しい時間ほど、あっという間に過ぎてしまうもので。
 気付けば陽はずいぶんと西の方へ傾き、周囲の景色は夕暮れの色に染まり始めていた。
「勝真さん、今日は誘ってくれてありがとうございました」
 出かける前にも同じことを言ったのだが、なんだかもう一度言いたくなってぺこりと頭を下げる。
 するとそんな花梨を見て、勝真が呆れたように苦笑を零した。
「なんだ、えらく他人行儀だな。今さらそんなに改まることもないだろ」
「そ、そうかもしれないですけど……でもやっぱり嬉しかったから、ちゃんと言いたくて」
「……まったくおまえって奴は、真面目と言うかなんと言うか」
 軽く肩をすくめながら笑う勝真。
「まあ、そういうところがおまえらしいんだがな」
 そう言って顔を覗き込んでくる瞳は、いつもと変わらず優しい。
 無性に居た堪れなくなってつい俯くと、頭を軽く撫でられた。
「さて、いつまでもこうしていたいのは山々なんだが、そろそろ帰るか」
「あ……」
 当たり前の提案なのに、不思議なほど大きく鼓動が跳ねた。
 勝真の言うことは正しい。
 日暮れが迫っているのは事実なのだから、確かにそろそろ帰途につくべきだろう。
 あまり遅くなっては紫姫にも心配をかけてしまう。
 理屈ではちゃんと分かっているはずなのに、何故か今は心のどこか違う部分が声を上げた。
「あの――っ!」
 気付いたら両手で勝真の着物の裾を掴んでいた。
 帰る支度をしようと背を向けたばかりだった勝真が、不意を突かれた様子で振り返る。
「花梨……?」
「あ、ええと――」
 瞬時に耳まで熱が灯った。
 と同時に、弾かれたように勝真の着物から手を放す。
「ご、ごめんなさい、なんでも――あ」
「なんでもないことはないだろう」
 引っ込めようとした腕を素早く掴まれてしまい、逃げることが出来なくなってしまった。
「……どうした?」
「……」
 とてもではないが、言葉にすることなどできそうにない。
 それどころか勝真の顔をまともに見ることすらできなくなってしまった。
 けれど俯く花梨の耳元で、勝真は意地悪く囁いた。
「なんだ? はっきり言わなきゃ分からないぜ?」
「………」
 揶揄するような物言いで、なんとなく気付く。
 花梨の言いたいことを、おそらく勝真は分かっているのだろう。
 おそるおそる顔を上げてみると案の定、微かに口の端を持ち上げた笑みがそこにあった。
(うう、勝真さんのいじわる……!)
 絶対に分かっているくせに、花梨の口から言わせようとしているのだ。
 恥ずかしくてたまらないけれど、言わなければきっとこのまま解放してはもらえない。
「ええと、ですね」
 息を吸って吐いて、また吸う。
 これしきのことでこんなに緊張するなんて、情けないにも程があると我ながら思うけれど。
「あの……まだもう少しだけ、一緒に――いたい、です」
 言い終えたのと同時に、顔から火が出そうになる。
 本心だから言ったことを後悔したりはしないけれど、とにかくどうにもならないくらい恥ずかしい。
 照れ隠しに自分で笑い飛ばしてしまおうかと本気で考え始めた、その時だった。
「まったくおまえは――」
 溜息と苦笑とが混ざったような呟きが耳元で響き、そのまま抱き締められた。
 大きくて温かい胸から少し忙しない鼓動が聞こえてくる。
「不意打ちにも程があるぞ。そんな可愛いこと言われたら、帰したくなくなっちまうだろうが」
「え……えっ?」
「だがほんとにそれをやったら紫姫に泣かれそうだからな」
「そ、そうですよね! あのっ、ごめんなさい、ちょっと言ってみただけですから!」
「いや――言えばいいさ、いくらでも」
「……え?」
 聞き間違いかと思ったが、泣きたくなるほど優しい声で勝真は同じ言葉を繰り返した。
「言えばいい。たまにはこうやって我侭言え。おまえはたぶんそれくらいでちょうどいいぜ、普段が真面目すぎるからな」
「そ、そうでしょうか……?」
「そうなんだよ。俺が言うんだから素直に聞いとけ」
「――はい」
 無茶苦茶な論理だが、逆らえないのも事実で。
 我侭を言えと言われてそのとおりにできるかどうかはあまり自信がないが、そう言ってもらえるのはひどく嬉しいことだった。
「せっかくのおまえの貴重な我侭だ。――あと少しだけ、な」 
 そう言って少し身体を離した勝真が真っ直ぐに見下ろしてくる。
 花梨が小さく頷くと、唇に勝真のそれがゆっくりと重なった。



*『たまにはこうやって我侭言え』(リライト様提供『恋する台詞』)
 written by  緋緒さいか

 ひさびさバカップル(笑)。
 花梨ちゃんならどんな状況でどんな我侭を言うだろう、というのを考えるのがとても楽しかったです。

 
何かひとことありましたらどうぞ。(字数は無制限に設定してあります)

- PatiPati (Ver 2.1) -