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「ゆき、下がれ!」
 鋭く叫ぶと、言われた相手が弾かれたように後ろへ動いた。
 間髪入れずに鉄扇を閃かせ、怨霊を叩き斬る。
 断末魔の咆哮を上げながら霧散する姿を最後まで確認し、チナミは背後を見た。
「怪我はないか、ゆき」
「大丈夫だよ、チナミくんが守ってくれたから。ありがとう」
「……っ、そ、そんなことは当然だろう! オレたち八葉はおまえを守るためにいるのだからな」
 花が零れるような笑顔はもう何度も目にしているはずなのに、未だに慣れない。
 見るたびに鼓動が落ち着かなくなり、全身が熱を帯びる。
 理由はチナミ自身がいちばんよく分かっているので、まずは心を落ち着かせようと大きく息を吸った。
「と、とにかくおまえは危っかしいからな。なるべくオレのそばを離れるなよ」
「うん、闘いのときは離れないように気をつけてるよ」
「戦闘中に限らずだ。おまえは町中でも何をしでかすか分からないだろう」
「そうかな……そんなことないと思うんだけど」
 まったく自覚がないらしく、ゆきは不思議そうに首を傾げている。
 だから目が離せないのだ、と言い聞かせたい衝動に駆られたが、おそらく暖簾に腕押しだろう。
「……まあいい。行くぞ」
「あ、うん」
 踵を返して歩き出すと、ぱたぱたとついてくる足音が響く。
「待って、チナミくん」
 呼ぶ声と共に着物の裾を掴まれた。
 完全に不意をつかれ、思わず立ち止まる。
「なっ――」
「チナミくん、歩くの早いんだもの。離れるなって言ったの、チナミくんだよ?」
「っ、そ、それはそうだが――!」
 確かにゆきの言い分は間違っていない。
 いないが――しかし。
「……いや、いい」 
 不思議そうに見上げてくる大きな瞳の前では、言おうと思った言葉のほとんどが成す術もなく消えていく。
 ゆきに気づかれないように小さく息を吐き、チナミは歩く速度を僅かに落とした。
 そのまま町中まで歩いていく。
 ゆきはチナミの一歩後ろをついてきていたはずだった。

 ――が。

 店の賑やかな呼び声や子どもの遊ぶ姿などが目立つようになってきた頃、チナミは違和感に気付いた。
「ゆき――って、おい?」
 振り返りながら呼んでも、その名を持つ少女の姿はどこにも見えなかった。
 人ごみにざっと目を走らせてみても、それらしき人物は見当たらない。
「おい冗談だろ? どうしてこんな短時間で迷子になれるんだ!」
 チナミは頭を抱えたくなった。
 目が離せないどころの騒ぎではない。
 首に縄でもつけておくべきだっただろうかと、都あたりが聞いたら殴られそうなことを真剣に思う。
「ゆき! ゆき――」
「あ、チナミくん!」
 ゆきのほうもチナミを探していたらしく、呼ぶ声にすぐ反応があった。
 全身の力が抜けていくかのように、安堵が広がる。
「ごめんね、あそこのお店のお菓子が綺麗で、つい立ち止まっていろいろ見ちゃって……」
「まったくおまえは――オレの言ったことを聞いていなかったのか!」
 離れるなと言ってから幾らも時間は経っていない。
 さすがに反省はしているように見えるが、チナミのほうもいよいよ黙っていられなかった。
「そばにいないとおまえを守れないだろう! 何度もいわせるなバカ!」
 言い終わらないうちに、細い腕をしっかりと捉える。
 ゆきが驚いたようにその手元とチナミの顔を見比べる。
「ち、チナミくん?」
「もうおまえの行動は信用ならん。こうでもしていなければ、またどこへいなくなるか分かったものではないからな」
「ごめんなさい、今度はちゃんとついていくから――」
「いいや、ダメだ。いいからおとなしくついてこい!」
「チナミくん……」
 ゆきの困惑は痛いほど伝わってきたが、離してやるつもりは毛頭なかった。
 もちろん恥ずかしくないといったら嘘になる。
 だがそんな自分の感情よりも、ゆきを守れないことのほうが重大だ。
「ねえ、チナミくん」
「なんだ、離せと言われても聞かんぞ」
「あ、ううん。離さなくてもいいよ。けど――」
「? けど、なんだ」
「……あのね、せっかくならこっちの方がいいかな、って」
 言いながら、自由になっている方のゆきの手がこちらへ伸びた。
 細い指が、ゆきの腕を掴んでいるチナミの手にかかる。
 不意を突かれて思わず指を離してしまった次の瞬間、今まで掴んでいた腕よりも先の部分――柔らかくて小さな手のひらが、自分の手にすっぽりと収まっていた。
「なっ――」
「これじゃ、ダメかな?」
「だ、だだだダメではないが――」
 ダメではない。
 ゆきと離れずにいるには、別段これで問題があるわけではない。
 かといって、良いというわけでもないのだが。
 しかし異を唱えるために有効な理由を咄嗟に思いつくことができなかった。 
「よかった。じゃあ行こう?」
「――わ、わかった」
 なにやら嬉しそうに微笑まれてしまっては、なおさら何も言えなくなる。
 なんだか妙なことになったと思いながらも、今の状態が決して嫌なわけではないことをチナミはしっかりと自覚していた。 



*『何度もいわせるなバカ!』(リライト様提供『恋する台詞』)
 written by 緋緒さいか

 チナミくんの戦闘庇いセリフの「オレのそばから離れるな!おまえを守れないだろう」っていうのがすごく好きで、
 そこから妄想したらこんなんが出来上がりました。


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