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 休日の裏山でのんびり過ごす時間は、この上もない贅沢だと思う。
 本当は一人でゆっくりするのが好きだし実際そうすることが多いのだが、今日は違った。
 隣の少女がにこにこと嬉しそうにしているのは、久しぶりに秘蔵の鹿肉にありつけた為なのか――それとも他の理由なのか。
 尋ねてみたい気もするが、尋ねない方がいいような気もするので敢えて触れないでおく。
 余計な発言をすれば面倒なことになるのは目に見えているのだ。
(ま、こいつがこうやって笑ってんのを見るのはキライじゃねーし)
 がらにもなくそんなことを思いながら、ラギは焚き火の炎を消した。
 持ってきた肉をすべて食べ終えてしまい、程よく眠気が襲ってくる頃合である。
 このまま昼寝に突入してもいいのだが、ルルはどうなのだろう。
 問おうとした時、唐突にルルが口を開いた。
「ねえねえラギ!」
「あ? なんだよ」
「あのね、鹿肉とっても美味しかったわ! ありがとう! ラギ大好き!」
「……そりゃよかったな」
 最後のひとことは聞かなかったふりをして、当たり障りのない返事をしておく。
 知らず視線が横へ逸れていくのは無意識だった。
「こうやって二人きりで過ごすのが本当に楽しいの。お休みの日っていっぱい一緒にいられるから幸せ!」
「……」
「ラギと一緒にいられてほんとに嬉しいな! 大好きよ!」
「……」
「ラギ、聞いてる? ほんとなんだから! ラギのこと大す――」
「だーっ! 黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって! いいかげんにしやがれ!」
 無視を決め込もうとしたのに、数秒しかもたなかった。
 振り返った自分の顔はきっとこれ以上はないほど赤くなっていたと思う。
 唐突に怒鳴りつけられてもルルは傷ついたような様子は見せず、ただ驚いたように目を見開いていた。
「なんなんだ、いきなり! んな恥ずかしいこと連呼してんじゃねーよ!」
「だって……」
 そこでようやくルルの瞳が翳った。
 少しだけ悲しげに揺れる、琥珀の色。
 ラギの良心が僅かに痛んだが、しかしそれも一瞬だった。
 次いでルルの口から紡がれた言葉は、ラギに軽く眩暈を起こさせた。
「だって、好きだって言わせたいんだもん。――言ってほしいんだもん」
「――はぁ?」
「一緒に過ごすだけで楽しいのはホントだけど。でも、ラギからも好きって言って欲しいなって思うんだもの」
「……」
 内心で盛大に溜息が落ちる。
 実際の溜息にしなかった理性を自分自身で褒めたかった。
 どうしていつもこうなのだろう。
 正直なところ面倒で仕方ないのに、ルルの顔を見ていると無下にもできないのだ。
 いわゆる惚れた弱みというやつなのかもしれないと、最近は薄々気付いてはいるのだが。
 てらいなく真っ直ぐな好意を寄せてくれるルルを、もちろん愛おしいと思っている。
 けれど人には得手不得手というものがあり、簡単にできることとそうでないことがあり、ラギ自身もそれは例外ではない。
 要するにルルが求めてくることは、ラギの不得手分野の最たるものなのである。
 何度もそれは告げているはずだし、ここ最近は以前ほどそういうことを言わなくなったと思っていたのだが――。
(あー……そっか)
 そこで気付いた事実に、ラギは心の内で密かに頷いた。
(そういや久しぶりかもしんねーな、こいつがこういうこと言うの)
 ルルなりに我慢していたということなのだろうか。
(……)
 躊躇したのは瞬きふたつほどの間。
 ここで折れてしまうからいけないのだと分かってはいるのだが、嫌いな相手ではないのだから致し方ないのも事実なのである。
「あのな……ルル」
「え、なに?」
 言葉にするのと行動で示すのと、果たしてどちらが恥ずかしいのだろう。
 そんなことを考える余裕があったわけではなく、単に手っ取り早い方法を選んだだけなのだが。
 伸ばした指先で頬に触れると、柔らかなぬくもりが胸を満たしていく。
 そのまま唇同士が重なったのはさほど長い時間ではなかった。
 初めてのあの時に酸欠になりかかったことを思えば、多少なりとも慣れたのだろうか。
 深く考えると羞恥の海に溺れそうになるので、心を無にして勢いよくルルから離れる。
「ら、ラギ……っ」
「オレは寝る! おまえも適当に寝るなり散歩するなりしてろ!」
「え? ラギってば!」
 ルルの求めていたことの応えになったのかどうかは分からないが、既に理性の限界である。
 己の言葉どおりその場で横になったラギは目を閉じ、それ以上の反応を一切やめた。
「ラギ? もう寝ちゃったの?」
「……」
 こんなに早く寝入るはずがないことくらい少し考えれば分かると思うのだが、ルルは素直というべきか単純というべきかそう信じてしまったらしい。
「もおっ、ラギのいじわる……」
 どこか呆然としたような呟きが、僅かに胸を刺す。
 良心の呵責という単語が脳裏を掠めた、次の瞬間。
「でもやっぱり、大好きだけど!」
「……っ!」
 びくん、とラギの肩が揺れたのをルルもしっかりと見たのだろう。
 はっと息を呑む気配。
「ラギ? もしかして起きてるの?」
「……」
 ここで反応しては負けである。
 もはやよく分からない意地が、見え透いた嘘を突き通させる。
 相変わらず動かないラギの背後で、今度こそルルが盛大に叫んだ。
「もうっ! ラギのばかーっ!」
 穏やかな午後の風に乗って、その声は空へと吸い込まれていった。



*『好きだって言わせたいんだもん』(リライト様提供『恋する台詞』)
 written by  緋緒さいか

 作中でラギも思ったとおり、言葉と態度とどっちが恥ずかしいんだろうっていう話だと思うの(笑)。
 ラギと恋人状態のルルはものすごく恋する乙女で、可愛くてたまりません。


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