――十年先も、ずっと一緒にいてくれる?
そんな歌が流行り始めたのは、一ヶ月ほど前だろうか。
いわゆる、よくある感じのラブソングだ。
女性の視点で大好きな彼への想いを綴った歌。
街を歩けばどこかの店で必ず流れているので、いつの間にかなんとなく覚えてしまった。
(十年かぁ……すごい時間だよね)
ちょうど今もテレビの歌番組から流れ出したその歌を聴きながら、花梨はぼんやりとそんなことを思った。
自分が十年先にどうなっているかなんて想像もつかない。
それに――。
「どうした、花梨?」
知らず向いのソファに視線を向けていたらしく、不思議そうに呼ばれた。
慌ててかぶりを振る。
「え、いえっ! な……なんでもないです」
別にどうもしてはいないし、改まって説明するのもなんとなく難しい。
それを見てどう思ったのかは分からないが、彼はそれ以上の追求はしなかった。
「そうか? それならいいが……何かあったらすぐ言えよ」
「はい、ありがとうございます勝真さん」
なんでもない遣り取りと、さりげない優しさ。
こんなささやかなひとときがどれほど幸せなことか、よく分かっているつもりだ。
別に不安を感じているわけでもないし、ましてや不満めいた感情があるわけでもない。
――ただ勝真が傍にいてくれて、勝真の傍にいられる。
今はそれがとにかく嬉しくて。
それ以外に望むことなんて、本当に何ひとつありはしないのだけれど。
(わたし、贅沢になっちゃったのかな)
異世界に召喚されて大役を果たし、元の世界に戻ってきたのは、まだほんの数ヶ月前のこと。
呼ばれたときは一人で。
帰ってきたときは――二人で。
ずっと一緒にいたいと思える人と出逢ってしまったから、できることなら離れたくないと思ってしまった。
それが一方通行だったなら、きっと諦めてしまっていただろう。
けれど、同じ想いを彼も抱いていてくれたから。
だからこうして今、二人は同じ空間に存在している。
それだけで、もう十分すぎるほどだと思っているはずなのに。
勝真からそっと外した視線を再びテレビへと向ける。
点けっぱなしのテレビからは、まだ同じ歌が流れていた。
――十年先も、あなたの隣に私は居る?
こんな歌を聴いてしまったから、気持ちがシンクロしてしまったのだろうか。
(勝真さんはずっと傍にいてくれるかな……わたしはずっと傍にいられるかな、なんて――)
そんなことを、ふと考えてしまった。
テレビの画面から目が離せない。
不意にその視界がぼやけ始め、ようやく花梨は我に返った。
(や、やだ――なんで泣いたりするの?)
締め付けられるような胸の痛みは、自分でも驚くほど不可解なもので。
目の前に悲しいことがあるわけでもないのに、どうしてこんな風に思うのだろう。
慌てて袖口で目元を擦り、なんでもないふりを装ったつもりだった。
――が。
それで見過ごしてくれるほど勝真の目は節穴ではなかったらしい。
「おい――どうしたんだ」
即座に身を乗り出して、顔を覗き込んでくる。
心配そうな色を両の瞳にはっきりと宿して。
「な、なんでもないです」
「なんでもない奴がいきなり泣き出したりするのか?」
「……」
傍から見れば不審極まりない行動だったことだろう。
何しろ花梨自身にもよく分かっていないのだ。
――どうしてこんなに切ない気持ちになるのか、なんて。
「……なんだ、俺には言えないことか?」
「ち、違うんです! そうじゃなくて――」
傷ついたような声音が、今までの切なさとはまた違う音で花梨の胸を叩いた。
こんな表情をさせたいわけでは決して無いのに。
告げるには独りよがりすぎる想いだけれど、隠しておく方がずっと辛い。
そう判断して、花梨はおずおずと言葉を紡いだ。
「その……今の歌を聴いてたら、考えちゃったんです」
声が震えないように、精一杯気をつけながら。
「ええと……わたしも十年先まで勝真さんと一緒にいられるかなあ、とか――えへへ」
それでも皆まで言うのが気恥ずかしくて、最後は照れ笑いで誤魔化してしまった。
勝真が一瞬呆気に取られたように目を瞬く。
と、次の瞬間、彼は長い長い溜息を落とした。
「おまえな――あんまり心臓に悪いことをするのはやめてくれ」
「え?」
「何事かと思っただろうが……口には出せない不満が俺にあるのか、とかな」
「そ、そんなこと絶対ないですよ!」
「そうだな、ちゃんと分かってるつもりなんだが……おまえのことになると冷静な判断力なんて呆気なくどこかへ行っちまう」
自嘲の色と、安堵の色と――その両方を同じくらいのバランスで宿した瞳。
それが真っ直ぐに花梨を見下ろしてくる。
ゆっくりと伸ばされた右手に、優しく髪を撫でられる。
「だが、おまえもそうなんだな。そんな他愛もない不安を抱くのは――俺の方だけなのかと思ってた」
「え、そうなんですか……?」
「ああ、当たり前だろ」
長い指が何度も何度も、髪の間を滑っていく。
「何よりも大切で、ずっと傍にいたいと思うからこそ、それが叶わなくなったらと思うだけで驚くほど苦しくなる」
「勝真さん……」
「安心した、なんて言うのは不謹慎か? だが、おまえもそんな風に思ってるって知って――そうだな、やっぱり安心したっていう言葉しか出てこない」
花梨は小さくかぶりを振った。
なんとなく勝真の言いたいことは分かるし、不謹慎だなどとはこれっぽっちも思わない。
それどころか、むしろ――嬉しい。
たぶん勝真と同じ理由で。
――二人が同じ想いと同じ不安を抱いていたのだということが。
「不安になるなら、何度だって言ってやる。だから、思うことがあるならちゃんと教えてくれ」
囁きと共に、髪を撫でていた手にゆっくりと頭を引き寄せられる。
「十年先だろうと二十年先だろうと、俺はおまえを決して離したりしない。――おまえがそう望んでくれる限り」
「勝真さん――」
名前を呼んだ唇は、その先の言葉を紡ぐことなく塞がれた。
だが何を言おうか決めていたわけではなかったので、そのまま静かに受け止める。
――もしも何か言うべきことがあったのだとしても、きっと同じだったのだろうけれど。
十年でも二十年でも――もっとずっと長い時間でも。
二人の想いが重なる限り。
――答えなどきっと、ひとつしかないのだろう。
〜END〜(Saika Hio 2011.01.16)
【あとがき】
2010年は遙かシリーズの十周年でしたが、2011年は遙か2の十周年になるんですね(正確には9月ですが)。
さすがにちょっと感慨深いものを感じてしまって、思わずこんな妄想が浮かびました。
作中に出てくるラブソングとやらはもちろん捏造です(似たような歌は現実にあるような気もしますが)。
あんまり現代ED後を書くのは得意ではないのですが(理由:設定のすべてが捏造になるので恥ずかしい)、今回は現代じゃないと無理があったのでそっちにしてみました。
現代に来る方が勝真さんの方もより一層の不安を抱いているだろうし、好きだからこそお互いに、っていうあたりを書きたかったというのもあります。
ちょっと気が早かった感もありますが(正確な十周年は9月だから)、なんだかんだで十年もずっと勝真さんを好きでいる自分にちょっと失笑と感嘆を覚えつつ、これからもまったりとやっていけたらなあと思っています。
こんな甘いの久しぶりに書いたよ!(笑)
…でもねー、過ぎてしまえばあっという間ですよねー十年なんて(渇笑)。