いちばんになりたい

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「おや、レインくん。今朝は早いのですね」
 サルーンへ姿を現した途端に声をかけられた。
 どことなく面白がるような声はいつもと同じで、別に何もしていないのに居心地の悪さを感じる。
「ああ……オレだってたまには早く起きることもあるさ」
 起こされても起きないことの方が日常だという自覚はあるのであまり説得力はないと思うが、幸いにもニクスはそこに突っ込んでくることはなかった。
 壁のコルクボードを見遣ると、いくつかの依頼が掲示してある。
 まだ今日は誰も出かけてはいないようだ。
 時間が時間なので当たり前かもしれないが。
「アンジェリークはまだお部屋のようですね。彼女が起きてきたら、皆で朝食を摂るとしましょうか」
「あ、ああ。……そうだな」
 まるでこちらの心中を見抜いたかのようにその名を出され、不覚にも動揺してしまった。
 巧妙に押し隠したつもりだが、ニクスは気づいただろう。
 まったく、やりにくいことこの上ない。
 不自然に目をそらしたとき、玄関に近い方の扉が開いた。
「あれ、おはようレイン。今日は早いんだね」
「珍しいこともあるものだ。外は良い天気だがな」
「どういう意味だよ。……というか、みんなして同じことを言うのはやめてくれないか」
 ベリーの入った籠を抱えたジェイドと、愛用の槍を携えたヒュウガが一緒に入ってくる。
 大袈裟に溜息をついてみせたが、二人とも動じる様子はなかった。
 ……それも、いつものことであるが。
 ヒュウガは朝の鍛錬、ジェイドはおおかたジャムにでもするつもりでベリーを摘みに行っていたのだろう。
 基本的に朝から動き回る体質ではないレインにとっては、どちらも理解しがたい行動だ。
 だが持論を押しつける気は毛頭ないので、余計な言葉を口に乗せることはしなかった。
 これだけ皆が同じ反応を示すくらい、レインが朝に弱いのは自他ともに認める事実だ。

 それでも時には早起きも悪くないと――そう思ってしまう理由は、ひとつしかない。

「おはようございま――あら、今朝は早いのねレイン」
 爽やかな朝の空気をひときわ清浄にするかのような、澄んだ声がサルーンに響く。
 その声の持ち主にまでも同じことを言われてしまったレインは、いよいよ居たたまれない心地でゆっくりと振り向いた。
「おまえまでオレの姿を見た第一声がそれなのか?」
「あ……ごめんなさい。でも本当にびっくりしたんだもの」     
 わざと大袈裟に傷ついた様子を見せてやると、アンジェリークは素直に申し訳なさそうな顔になった。
 それを見ただけでなんだか満足してしまい、レインの口元に自然な笑みが浮かぶ。
「いや、いいぜ。どうやらこの屋敷の人間は全員一致でそう思ってるらしいからな」
 一瞬驚いたように目を見開いたアンジェリークは、すぐにくすくすと可笑しそうに笑った。
 レインの早起きの理由は、おそらく知る由もないのだろうけれど。
 ここ陽だまり邸に集うオーブハンターは、一般人からの依頼を受けてタナトス退治を行う。
 浄化能力を持つアンジェリークは一人では戦えないので誰かがパートナーとしてついていく必要があるわけなのだが――。
「あ、また依頼がきていますね。朝食が済んだらさっそく出かけなくちゃ」
「マドモアゼル、貴女は本当に頑張りやさんですね。ですが、無理はいけませんよ」
「はい、ニクスさん」
「レディに相応しい良いお返事です。お願いついでにもうひとつ――今日のパートナーに私をご指名してくださると嬉しいのですがね」
 あまりにもあっさりとした誘いだったので、冗談なのか本気なのか今一つはっきりしない。
 それ故かアンジェリークはあまり重くは受け止めなかったようだが、端で聞いていたレインは内心穏やかではいられなかった。
 アンジェリークにパートナーとして選んでほしい。
 その気持ちはレインとて同じだ。

 ――苦手な早起きを少しがんばってみてもいいかもしれないと思えるくらいには。

「あ、ずるいよニクス」
「抜け駆けはいただけんな」
 ジェイドとヒュウガが冗談めかした反応を示す。
 彼らの本意は分からないが、パートナーに指名されればもちろん悪い気はしないのだろう。
 やれやれと思いつつ、あえて軽い口調でレインも言った。
「そうだな、オレたちの立場はイーブンのはずだ。余計な小細工なしで、誰が選ばれるかは恨みっこなしだぜ」
「レインったら……そんな大袈裟な問題でもないでしょう?」
 アンジェリークが居たたまれない様子で頬に両手を当てる。
 そう思っているのはおまえだけだ、という言葉をレインはどうにか呑み込むことに成功した。
 ここにいる四人ともが思っているはずだ。

 ――アンジェリークのいちばんになりたい、と。

 それがオーブハンターのパートナーに関してだけなのか、それ以上の意味合いも含めてなのかは知らないが。


 ――とりあえずは朝食後が勝負だな。


 胸中で独りごち、レインは当面のライバルたちと共に食堂へ向かった。

(Saika Hio 2009.10.26)

【あとがき】
このテーマで真っ先に浮かんだ光景がこれでした(笑)。
レインがイーブンという単語を使うのはゲーム中かどっかであったような気がするんですが気のせいでしょうか…なんかデジャヴュを感じるのですが…。
もしそうだったらすみません(おい)。


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